マリキータの群衆画を分析する|描かれる「人の多さ」から見えてくるタンザニアの社会と日常
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ティンガティンガ・アートというと、ゾウ、キリン、シマウマ、ライオンなど、タンザニアの野生動物を描いた作品を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、Maurus Malikita(マウルス・マリキータ)の作品を見ていくと、もう一つの大きな世界があることに気づきます。
それが「人」です。
市場、美容室、病院、ティンガティンガの工房、漁に出る人々――。
マリキータは、一枚の画面に驚くほど多くの人物を登場させ、それぞれに異なる動きや役割を与えます。単に「人がたくさん描かれている」のではありません。一人ひとりを追っていくと、そこには会話があり、仕事があり、買い物があり、移動があり、人と人との関係があります。
今回、5つの作品を見比べながら、マリキータの「群衆画」がなぜこれほど面白いのかを考えてみます。
1.美容室――小さな空間に広がる人間関係
最初の作品に描かれているのは「MALIKITA SALON」と掲げられた美容室です。
画面を一見しただけでも、非常に多くの人物が登場していることが分かります。
髪を整えてもらう人、順番を待っているように見える人、会話をしている人、外を歩く人、子どもと手をつないでいる人、店から出てくる人――。美容室という一つの場所を中心に、複数の小さな出来事が同時進行しています。
興味深いのは、マリキータが「美容室そのもの」を主役にしているというより、そこに集まる人々を描いている点です。
美容室は髪を整える場所であると同時に、人が集まり、話し、情報を交換する場所でもあります。
画面右側には「WELCOME MALIKITA SALON」という大きな文字があり、左上にも「MALIKITA SALON」の看板があります。こうした文字情報を作品世界の中に積極的に取り込むことも、マリキータ作品の特徴の一つです。
そして、人物の視線や手の動きを追っていると、鑑賞者自身がこの美容室の中に入り込んだような感覚になってきます。
「この人たちは何を話しているのだろう」
そんな想像を誘う作品です。

2.ティンガティンガの工房――「絵を描く場所」ではなく、人が交差する場所
2点目は、Tingatinga Arts Co-operative Societyの工房を描いた作品です。
これは非常に興味深い作品です。
なぜなら、ティンガティンガのアーティストであるマリキータが、自分たちが活動する場所そのものを絵画化しているからです。
画面を見ると、作品を手にする人、絵を見る人、制作する人、椅子に座る人、話をしているような人、車に乗っている人など、多くの人物が描かれています。
ここでも中心となるのは建物ではありません。
「そこにいる人々」です。
さらに注目したいのは、現地の人々だけではなく、工房を訪れた旅行者と思われる人物たちも描かれていることです。
ティンガティンガの工房が、単なる制作場所ではなく、アーティスト、作品、購入者、旅行者など、異なる背景を持つ人々が出会う場所として表現されています。
つまりこの作品には、
「ティンガティンガがどこで、誰によって、どのような環境の中で生まれているのか」
という情報まで含まれているのです。
作品の中に作品が描かれるという構造も面白く、ある意味では「ティンガティンガを描いたティンガティンガ」と見ることもできます。

3.漁の風景――群衆がいなくても感じられる「共同体」
3点目は、海へ漁に出る人々を描いた作品です。
前の2作品と比較すると、登場人物の数は大幅に減っています。
しかし、この作品もマリキータの群衆表現を考えるうえで重要です。
一艘の船に複数の漁師が乗り、それぞれが同じ目的に向かって身体を動かしています。その下には、画面を埋め尽くすように大量の魚が描かれています。
上部には鳥、中央には人間、下部には魚。
画面が大きく三つの領域に分かれているようにも見えます。
そして、そのすべてが「海」を介してつながっています。
ここでは都市の群衆とは異なり、人々が一つの仕事を共同して行う姿が描かれています。
マリキータの人物画を「人数の多い絵」とだけ捉えると、この作品の重要性を見落としてしまいます。
彼が繰り返し描いているのは、人数そのものというよりも「人と人との関係」なのではないでしょうか。
市場でも、美容室でも、病院でも、漁船でも、人は一人では存在していません。
誰かと一緒に働き、誰かと話し、誰かを助け、同じ場所を共有しています。

4.ムヒンビリ国立病院――絵画の中に社会的メッセージを入れる
4点目は「MUHIMBILI-NATIONAL HOSPITAL」と大きく記された病院の作品です。
この作品は、ほかの群衆画とは少し性格が異なります。
上部には病床、中央には治療や医療行為を思わせる場面、下部には病院を訪れる多くの人々が描かれています。
さらに、
「WE MUST FIGHT」
という言葉に続き、MALARIA、CHORELA(作品中の表記)、AIDS、CORONAという疾病名が記されています。
つまり、この作品では病院の日常を描くだけでなく、感染症や疾病と向き合う社会そのものが主題となっています。
ここに、マリキータ作品を単なる「カラフルなアフリカの日常画」として見るだけでは捉えきれない部分があります。
作品の中に社会的なテーマが存在しているのです。
医療従事者、患者、子ども、家族と思われる人々。それぞれの人物は小さく描かれていますが、画面全体を見ると、一つの病院を支える社会の姿が浮かび上がってきます。
マリキータの群衆画では、「誰が主人公なのか」が明確でないことがあります。
しかし、それこそが重要なのかもしれません。
主人公は一人の人物ではなく、そこに存在する「人々」だからです。

5.カリアコー・マーケット――群衆画としてのマリキータの真骨頂
そして5点目。
「KARIAKOO MARKET」と描かれた市場の作品は、マリキータの群衆表現を考えるうえで非常に象徴的な一枚です。
画面のほぼすべてが、人、建物、車、商品、看板によって埋め尽くされています。
市場で商品を売る人。
買い物をする人。
荷物を運ぶ人。
歩いている人。
バイクに乗る人。
車を運転する人。
子どもたち。
露店で働く人。
立ち話をしているように見える人。
一人ひとりを見始めると、鑑賞者の視線は画面の中を延々と移動することになります。
ここには、一般的な絵画にあるような明確な「中心」がほとんどありません。
市場の建物は大きく描かれていますが、それだけが主役ではない。画面の端にいる人物にも、中央にいる人物と同じように物語があります。
これは、実際の市場を歩く感覚にも似ています。
一つの出来事を見ている間にも、その隣では別の出来事が起きている。
人が通り過ぎ、車が動き、商売が行われ、商品が運ばれます。
画面の中に「時間」が流れているように感じられるのです。

マリキータはなぜ、これほど多くの人を描くのか
5作品を並べてみると、一つの共通点が浮かび上がります。
マリキータが描いているのは「場所」だけではありません。
その場所を成立させている人間です。
美容室は、人がいなければ単なる建物です。
市場も、人がいなければ市場にはなりません。
病院も、医療従事者や患者がいて初めて社会的な場所になります。
ティンガティンガの工房も、アーティスト、作品を見る人、作品を購入する人が交わることで文化の拠点になります。
そして漁も、一人の漁師だけではなく、複数の人間が協力する仕事として描かれています。
マリキータの群衆画において、人間は風景の装飾ではありません。
人間そのものが風景を作っています。
「一人の英雄」ではなく「たくさんの普通の人々」
もう一つ重要なのは、今回の5作品には、いわゆる英雄的な人物がほとんど登場しないことです。
描かれているのは、日常を生きる普通の人々です。
髪を整える人、絵を売る人、魚を捕る人、患者を治療する人、商品を売る人、買い物をする人、子どもを連れて歩く人。
こうした人々の営みが、画面の隅々まで描き込まれています。
だからこそ、マリキータの群衆画は単なる風景記録とは違う魅力を持ちます。
一人の人物を象徴的に大きく描くのではなく、多数の小さな人生を同じ画面の中に共存させる。
そこには、社会とは無数の人々によって成立しているものだという視点を読み取ることもできます。
近づくほど面白くなる絵
マリキータの群衆画には、もう一つ特徴があります。
遠くから見たときと、近くから見たときで作品の印象が大きく変わることです。
遠くから見ると、まず強い色彩と画面全体の構成が目に入ります。
しかし近づくと、突然、一人ひとりの人物が見えてきます。
さらに近づけば、
「この人は何を持っているのか」
「隣の人物と話しているのか」
「どこへ向かっているのか」
「この店では何を売っているのか」
といった細部が気になり始めます。
つまり、作品を見る行為そのものが「街を歩く」ことに近づいていきます。
一枚の作品を一度見て終わるのではなく、何度見ても別の人物や出来事を発見できる。
これはマリキータの群衆画の大きな魅力です。
動物だけではないティンガティンガの世界
今回の5作品を見ると、ティンガティンガ・アートを「アフリカの動物を描いた絵」とだけ説明することが、いかにその世界の一部分しか表していないかが分かります。
ティンガティンガには野生動物を描く豊かな伝統があります。
一方で、アーティストによって何を描くか、どのように描くかは大きく異なります。
マリキータの場合、その重要なテーマの一つが人間社会です。
市場、美容室、病院、漁、そしてティンガティンガの工房。
そこに描かれているのは、観光的な意味で切り取られた「アフリカ」だけではありません。
タンザニアで人々が働き、暮らし、助け合い、移動し、会話する日常です。
だからマリキータの作品を見るときには、ぜひ画面全体だけでなく、一人ひとりの人物まで見てみてください。
一人を見つけ、その隣の人を見る。
さらにその隣を見る。
そうして視線を移動させているうちに、一枚の絵の中から、いくつもの小さな物語が立ち上がってきます。
マリキータの群衆画とは、人が多い絵なのではなく、「人々が生きている社会」を一枚の画面に描こうとする絵なのかもしれません。
そこに、彼の作品を何度も見たくなる理由があります。

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